ささやかだけれど、役にたつこと

心を温めてくれる言葉

 突然の大きな悲しみに襲われたとき、人を救うもの、助けるものは何か。短編の名手、レイモンド・カーヴァーの「ささやかだけれど、役に立つこと(A small,good thing)」。この作品ではパンを通じて、愛する息子を失った母親と、人生の喜びを見失ったパン屋との、奇跡的な魂のふれあいが描かれる。

あらすじ

 愛する息子の誕生日のため、夫婦はパン屋にケーキを予約する。誕生日の朝、息子は事故にあい、昏睡状態となって病院に運ばれる。夫婦は入院した息子に付き添い、目を覚まさない息子を見守るうち、ケーキのことを忘れてしまう。事故のことを知らないパン屋は、ケーキを取りに来ない夫婦に、嫌味な電話をかけ続ける。
 誕生日から数日後、息子は息を引き取る。悲しみに暮れた夫婦は、ついにケーキのことを思い出し、深夜に、電話の主であるパン屋を訪れる。腐りかけたケーキを前に、パン屋はのし棒を手にぴしゃぴしゃとたたきつけながら、「ケーキが欲しいの?欲しくないの?私は仕事をしなきゃならないんだよ」と、冷徹に、面倒はごめんだという態度で夫婦を迎える。
 
母親は、息子が事故で亡くなったことを告げる。

「子供は死にました」
「車にはねられたんです。死ぬまで、私たち二人はずっと子供に付き添っていました。」
「あの子は死んだの。死んだのよ、こん畜生!」

彼女は両手で顔を覆った。そして泣き始めた。肩が大きく前後に揺れた。
「こんなの、こんなのって、あんまりだわ!」

 当初、冷たい態度だったパン屋も、夫婦を襲った不幸を知り、次第に態度を変化させていく。

「お座りなさい、いま、椅子を持ってきます。」
「本当にお気の毒です」
「聞いてください。私はただのつまらんパン屋です。それ以上の何者でもない。昔は、何年か前は、たぶん私もこんなじゃなかった。でも昔のことが思い出せないんです。あたしが一人のちゃんとした人間だったこともあったはずなのに、それが思い出せんのです。もちろんそれで、あたしのやったことが許されるとは思っちゃいません。でも心から済まなく思っております。」
「あんたのお子さんのことはお気の毒だった。そしてあたしのやったことは、本当にひどいことだった。」

そしてパン屋は、焼き立てのパンとコーヒーを夫婦にふるまう

「何か召し上がらなくちゃいけませんよ。」
「良かったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べてください。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなくちゃならんのだから。」
「こんな時には、何かものを食べることです。それはささやかなことですが、助けになります。」

母親は突然、空腹を感じ、出されたパンを食べる。パン屋はそれを見て喜ぶ。
そしてパン屋は、自分の人生について話し始める。
夫婦は深い苦悩の中にいたが、パン屋がうちあける話にじっと耳を傾けた。
パン屋が孤独について、中年期に彼を襲った疑いの念と無力感について語り始めたとき、二人は肯きながらその話を聞いた

パン屋は語った。
この歳までずっと、子供も持たずに生きてくるというのがどれほど寂しいものか。
オーブンをいっぱいにして、また空にしてという、ただそれだけを毎日繰り返すことがどんなものか。
パーティーの食事やらお祝いのケーキやらを作り続けるのが、どういうものかということを。

「匂いを嗅いでみてください。」とダークローフを二つに割りながらパン屋は言った。
「こいつはがっしりしているが、リッチなパンです。」

二人はパン屋の話に耳を傾け、食べられる限りのパンを食べた。
そして夜明けまで語り続けた。
太陽が昇り始めたが、誰も席を立とうとは思わなかった。


~レイモンド・カーヴァー傑作選 レイモンド・カーヴァー/村上春樹訳 中央公論社より~

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