「落ち込んだ日に効く“ささやかな良いこと”|村上春樹の言葉から学ぶ」

心を温めてくれる言葉

 生きていれば雨の日も、雪の日もありますよね。私は妻の病気と自身の過労による不眠をきっかけに資産運用に励み、50歳でFIREを達成することができましたが、その背中を強く押してくれたのは、たった2年間のうちに、仲の良い同期や優秀な後輩が3人も亡くなったことでした。3人はいずれも既婚者で、それぞれ突然の病により、幼い子どもたちと伴侶を遺して急逝したのでした。

 私は大きな悲しみに襲われ、しばし呆然とした後、自分の生き方を改めて見つめなおしました。

 突然の大きな悲しみに襲われたとき、人を救うもの、助けるものは何か。それは些細なことかもしれません。短編の名手、レイモンド・カーヴァーの「ささやかだけれど、役に立つこと(A small,good thing)」。村上春樹さんの訳で、中央公論社から出版された傑作選に収録されています。

 この作品ではパンを通じて、愛する息子を失った母親と、人生の喜びを見失ったパン屋との、奇跡的な魂のふれあいが描かれています。

あらすじ

 愛する息子の誕生日。その朝、息子は事故にあい入院する。夫婦は息子を見守るうち、パン屋に予約していたケーキのことを忘れる。事故のことを知らないパン屋は、ケーキを取りに来ない夫婦に嫌がらせの電話をかけ続ける。
 数日後、息子は息を引き取る。夫婦はケーキのことを思い出し、深夜にパン屋を訪れる。パン屋は冷徹な態度で夫婦を迎える。
 
「子供は死にました。車にはねられたんです。あの子は死んだの。死んだのよ、こん畜生!」
「こんなのって、あんまりだわ!」

 当初、冷たい態度だったパン屋も、夫婦を襲った不幸を知り、次第に態度を変化させていく。

「昔はあたしも一人のちゃんとした人間だったこともあったはずなのに、それが思い出せんのです。あたしのやったことが許されるとは思っちゃいません。」
「お子さんのことはお気の毒だった。そしてあたしのやったことは、本当にひどいことだった。」

パン屋は、焼き立てのパンとコーヒーを夫婦にふるまう。

「良かったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べてください。」
「こんな時には、何かものを食べることです。それはささやかなことですが、助けになります。」

母親は出されたパンを食べる。パン屋はそれを見て喜ぶ。
パン屋は、自分の人生について話し始める。
夫婦は深い苦悩の中にいたが、パン屋が孤独について、中年期に彼を襲った疑いの念と無力感について語り始めたとき、肯きながらその話を聞いた。

二人はパン屋の話に耳を傾け、食べられる限りのパンを食べた。
太陽が昇り始めても、誰も席を立とうとは思わなかった。

~レイモンド・カーヴァー傑作選 レイモンド・カーヴァー/村上春樹訳 中央公論社より~

明日が今より少しでも良くなるように

 以上かなりざっくりとしたあらすじですが、原典は本当に丁寧な描写で、パン屋や夫婦の心の機微について描かれています。私もずっと大好きな本ですので、ぜひ読んでみてください。

 このパン屋もまた、子供を持たず、毎日ただ「オーブンを満たし、また空にする」という単調な反復の中に生き、深い孤独と虚無感を抱えていました。中年期には、人生についての疑いの念や深い無力感に襲われています。

 それは、組織という巨大な機械の中で、意味の見えないルーチンを繰り返す現代のサラリーマンの孤独と重なって見えます。

 FIREにより手に入れられる自由、人生の主導権を取り戻すという感覚は、控えめに言って最高です。

 この記事が、日々の業務に奮闘し、家庭や職場で重い責任を負い、このままで良いのだろうかと悩みながらも、立ち止まって考える余裕すらない、また具体的にどのように行動すれば自由に近付けるかわからないという皆さん(そう、ちょうど10年前の私のような)の目に留まり、それぞれが今より少しでも自由な人生に近づくこと、人生の選択肢を増やすこと、ささやかでも心を軽くし役に立つことができれば、これ以上嬉しいことはありません。

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