50歳でFIREを選んだ本当の理由|人生の有限性と私の人生観

FIRE・資産形成

FIREを決断した内面的な理由

50歳でFIREを決断した背景には、数字だけでは語れない理由があります。 心身の限界、家族の病気、そして大切な人の死。 「人生は思っているより短い」と痛感した出来事が、私のFIREの決断を大きく後押ししてくれました。 この記事では、FIREの方法ではなく、なぜ私がFIREを選ぶことにしたのかという“内面的な理由”をお話しします

私の属性を簡潔にお伝えします。私は50歳で、長年勤めた地方自治体をFIRE(早期退職)しました。退職金を合わせ純金融資産は約9,000万円、高配当株やETF等による年間の配当収入は税引後約200万円という状況で、リスクを引き受ける覚悟で勇気をもって決断しました。
 ちなみに夫婦共働き(妻はとある理由から、もう一年は働く予定)、子は一人(退職時高校生)、住宅ローンは完済(地方都市の駅から何とか歩ける距離の持ち家)、現在は家族皆心身ともに健康です。

 私のいた組織では、50歳から「後進に道を譲るため」という趣旨で早期退職制度が設けられており、翌年度末をもって退職することを事前に申請し、認められれば退職金が20%ほど割増されるというもので、認定後は少しずつ、3月末で退職することを周囲に報告していきました。
 まずはプライベートでも仲の良い仲間や同僚、次に過去の職場でお世話になってきた皆様へ報告したのですが、最も多かった反応は、「すごいね、羨ましい。自分も辞められるものなら辞めたい」というもので、次に「勇気があるね」というものであり、皆も同じようにFIRE願望があるのだなと感じました。
 

小さい頃から抱えていた「死」への意識

長生きはできないと思っていた

 この考え方には、私の生い立ちや性格も大いに関係していると思います。3歳の頃に心臓病の診断を受け、激しい運動は禁止と言われていた私は、長生きはできないとずっと思っていました。あるとき毎年の検査はもう不要と言われ、激しい運動の制限もなくなったのですが、心肺機能が弱く長生きできないという自己認識は、その後も常に私のそばにありました。

自分もいつか死ぬという事実に直面し恐怖を覚えた

また5歳の頃に大好きな祖母が亡くなった時、あれ?と言うことは自分もいつか死んでしまうのか、大好きな幼稚園の先生も死んでしまうんだ!と気づいて恐ろしくなり、一日、机の下に隠れて泣いていたことを今でも覚えています。
これらの体験は、「人生は有限」という私の価値観の原点となりました。

過労で壊れた心と、妻の病気

 また私は40代に、パワハラ上司のもとで働きすぎて眠れなくなり、うつ病と診断されて休職した経験があります。運動制限が解除されてからはスポーツが好きで、コミュニケーション能力にも自信がある方だったので、自分自身、とても驚き戸惑いました。通院・服薬を重ねましたが、完治(寛解)するのだろうかととても不安だったことは忘れられません。また、同時期に妻が婦人科系のがんを経験したことも、FIREの決断には大いに影響していると思います。
 幸い今は夫婦ともに健康ですが、家族が揃って健康でいられる時間はとても貴重であることを痛感し、この時期から「定年まで働く」ことが当たり前とは思えなくなりました。
 いまは妻と、元気なうちに船か飛行機で世界一周の旅行に行きたい!とう目標のもと、二人で英語を勉強し、ジョギングやストレッチで体力作りに励んでいます。

大切な友人や後輩の死が教えてくれたこと

 加えて近年、大切な友人や優秀な後輩達が、急病や不運な事故で相次いで亡くなったことも、大いに影響しています。2年のうちに3人の友人や後輩が先立ったのですが、1人は私の大学時代の同期で40代でしたが、他の2人は私より一回り以上若い30代という若さで、偶然にもみな、伴侶と小学生以下の子どもたちを遺し、急な旅立ちを迎えたのでした。同期は突然の脳出血で、後輩の1人は急激に進行する感染症で、もう1人の後輩は進行の非常に速いがんで亡くなりました。
 この3人はいずれも、仕事ができて、周りにも配慮のできる気持ちの善い人ばかりでした。
 彼・彼女らの突然の死は、命が有限であること、いつ死ぬかは誰にもわからないことを改めて教えてくれ、悔いのない生き方をしようというFIREへの決断を強く後押ししてくれました

私がFIREを選んだ”本当の理由”

 50歳でのFIREは私にとって、残された人生をより充実したものにするための、とても前向きな決断でした。もちろんリスクはありますが、資産額はいくらあっても不安は完全には無くならないと思います。日本人男性の平均健康寿命が概ね72歳である今の時代に、65歳の定年まで働いた場合、退職後に健康に動ける時間はほとんど残されていないのです。40歳を超えて年々、体力や新しいことに挑戦しようという意欲の衰えを実感して、このままではいつかしたいと思っていたこと(例えば海外への短期移住や世界一周旅行)やらずに気力も朽ちていき、後悔しながら死ぬことになってしまうのではないか、もっと自分の興味や関心に忠実に、活き活きと生きて行くことができるのではないか、と強く思ったからです。
 この意味において、FIREは私にとって逃げではなく、悔いなく生きるための前向きな選択でした。

FIRE後の生活で感じたこと

 不安はありましたが、後悔したことは一度もありません
 家族との心穏やかな時間が増えたこと。
 心が軽くなり、人生の優先順位が明確になったこと。
 「与えられたタスクをこなす人生」ではなく、「自分でやることを選ぶ人生」になったこと
 毎朝通勤していた時間にゆっくりと散歩をして、コーヒーを飲む贅沢
 FIREにより得られる自由、人生の主導権を取り戻すことは、控えめに言っても最高です

同じように悩んでいるあなたへ

 FIREにはその土台となる資産や、暴落等による資産減少のリスクを引き受ける覚悟が必要です。また組織という後ろ盾を失っても自尊心を保てるかどうか、有り余る自由時間を会社員だったころよりも有意義に過ごせるかどうか、には向き・不向きもあるため、誰にでもオススメできるものではありません。雇われ仕事など辞めるべきだ、などと言うつもりもありません。
 ただ「FIREという選択肢がある」ということと、「FIREに向かって一歩を踏み出すことは誰にでもできる」ということを知ってほしいのです。
 人生は一度きりであり、あなたの時間は、あなたのものです
 この記事が、日々の業務に奮闘し、家庭や職場で重い責任を負い、このままで良いのだろうかと悩みながらも立ち止まって考える余裕のない、また具体的にどのように行動すれば自由に近付けるかわからないという皆さん(そう、ちょうど10年前の私のような)の目に留まり、それぞれがより自由な人生に近づくこと、人生の選択肢を増やすこと、悔いなく生きる人を増やすことに少しでも貢献できれば、これ以上嬉しいことはありません。

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