定年まで働くのがつらいあなたへ。50歳でFIRE達成した私のリアル

結論として、私は50歳でFIREを決断しました。
理由は、①投資によりFIを達成できたこと、②家族との対話を重ねたこと、 ③人生の有限性を強く意識する出来事が続いたことでした。


生きていれば、雨の日も雪の日もありますよね。
共働きで忙しくしながらも、30代までは大きな病気や事故もなく過ごせていました。
しかし 40代に入り、業務多忙の中でパワハラ上司のもと、うまく弱音を吐いたり人に頼ることができなかった私は心身をすり減らし、眠れなくなり心療内科へ通院、妻も婦人科系のがんを経験し、家族として大きな転機を迎えることになりました。

この時期に「どう生きるか」を見直したプロセスについては、別の記事で詳しく書いています。
FIREを決断するまでの具体的なプロセス

休職と治療・服薬を経て、今、私たちはとても元気です。楽しいことを探して、家族で支えあいながら、くだらない冗談をいいあって生きています。
そしてそこから私たちは、生活習慣や働き方、そしてお金との向き合い方を大きく変えていきました

節約して貯めたお金をもとに、10年間、資産運用と学びを続けてきました。
その結果、住宅ローンを完済し、50歳で約9,000万円の資産と、年間約200万円(税引後)の配当収入を得られるようになり、夫婦そろって「労働から卒業する」という選択肢が見えてきたのです。

私がFIを達成するまでに実践してきた“心地よさ重視”の投資手法は、こちらにまとめています。
FIを達成した投資手法(初心者向け)

そして2026年3月末、私はひと足先にFIREを決行しました。
自由を手にした瞬間はとても晴れやかでしたが、FIRE直後には思いがけず想像以上の不安、寂しさや焦燥感が押し寄せてきました。
「本当にこれでよかったのだろうか」「これから膨大な自由時間をどう生きていけばいいのか」そんな揺れ動く気持ちと向き合った記録を、率直に書いた記事があります。
FIRE直後の不安や寂しさと、その克服方法

振り返ってみれば、これらの出来事はすべて、
「このままの働き方や生き方では長く持たない」というサインだったのだと思います。

日々の業務に追われ、責任を抱え込み、
立ち止まって考える余裕すらなかった頃の私は、
ただ目の前のことをこなすだけで精一杯でした。

けれど、心身を崩した経験や、家族の病気を通して、
私たちは生活習慣や働き方、そしてお金との向き合い方を
根本から見直す
ことになりました

生きていれば晴れの日も、雨や雪の日もあります。
病やいつか死ぬことから逃れることはできません。
この世に生を受けた時に与えられた4,000週間という残り時間は、容赦なく減る一方なのです。

それでも私は前向きに生きていたい。
できるだけ毎日を悔いなく、機嫌よく過ごしたい。
人生捨てたもんじゃない、と思いたい。


このサイトでは、私がどのような方法で資産を形成し(経済的自立を達成し)、どうして50歳でFIREという決断をしたか。また支えとしてきた心を温めてくれる言葉や歌詞など、昨日より皆さんが少し前向きになれるような情報を発信しています。

FIREにより手に入れられる自由※、人生の主導権を取り戻すという感覚は、控えめに言って最高です。
この記事が、日々の業務に奮闘し、家庭や職場で重い責任を負い、このままで良いのだろうかと悩みながらも、立ち止まって考える余裕すらない、また具体的にどのように行動すれば自由に近付けるかわからないという皆さん(そう、ちょうど10年前の私のような)の目に留まり、それぞれが今より少しでも自由な人生に近づくこと、人生の選択肢を増やすこと、ささやかでも役に立つことができれば、これ以上嬉しいことはありません。

※FIREにより手に入れられる自由については、三菱サラリーマン穂高さんの考えに強く共感し、著作やブログを大いに参考とさせていただきましたので、勝手ながらブログをリンクさせていただきました。