うつ病休職から50歳FIRE|真面目でいい人が搾取されやすい現実

FIRE・資産形成

■結論 真面目ないい人は、搾取されやすいという現実

50歳でFIRE(早期リタイア)をし、ようやく自分の人生のハンドルを握り直した感覚があります。

かつての私は、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の世界観に深く共鳴していました。
「欲ハナク、決シテ瞋(いか)ラズ、何時モ静カニワラッテヰル」。
出世よりも、職場の仲間に寄り添い、どんな困難も黙々と受け入れる。そんな生き方こそが尊い、カッコいいと信じて疑いませんでした。

しかし、目標としたその精神が、現代の組織の論理の中で、自分を壊すことになってしまいました。
真面目な人、いい人ほど、悪意ある者には「都合の良い人」として搾取されやすいことを痛感しました。

■うつ病で休職を余儀なくされた体験

かつての私は、少なくとも真面目に仕事をし、宮沢賢治のような生き方に憧れていました。
20代、30代はそれでとてもうまくいっていました。

40代の頃、私は強烈なパワハラ上司の下につきました。
次から次へと際限なく押し付けられる過剰な業務。短い納期。理不尽な叱責。
の上司は業務量をコントロールしようともせず多くの仕事を安請け合いし、全てを部下に押し付け、自分はうたた寝していることもしばしばでした。今思えば本当に腹立たしいことです。
それでも私は変な自信とプライドから、「雨ニモマケズ」を地で行こうとしました。

「決して怒らず、黙々とこなせばいつか伝わる」
「弱音を吐いて助けを求めるなんてみっともない。もっと上の上司が気付いてなんとかしてくれるはず」
「自分が未熟だから、この状況を打破できないのだ。もっと頑張らないと。」

そう自分に言い聞かせ、深夜まで働き続け、土日も仕事のことを考えていました。しかし、体は正直でした。次第に夜眠れなくなり、食事が喉を通らなくなり……。下された診断は「うつ病」。休職を余儀なくされました。

■医師に言われた、衝撃の一言

休職当初、私は自分を責めていました。病気になったのは自分の努力や精神力が足りないからだ、と
そんな私に、主治医は静かに、しかし断固とした口調でこう言いました。

「その上司の責任は、極めて重いです。あなたはもっと、他責的に考えていいんですよ」

目から鱗が落ちる、という言葉では足りないほどの衝撃でした。
「他人のせいにしてもいい」
それは禁断の思考のように思えましたが、その瞬間に心の澱(おり)がスッと消えていくのを感じ、その後は症状も次第に回復に向かっていきました。

皮肉にも目標としていた「雨ニモマケズ」の精神が、自分を追い詰めることになったのです。現代の会社組織において、何でも静かに笑って受け入れる「デクノボー」は、悪意ある者、特にパワハラ上司にとって格好の獲物(都合の良い人間)でしかなかったのです。

■50歳でFIREした原動力|「自分を勘定に入れる」勇気

この経験が、私のFIREへの大きな原動力となりました。
「自分を勘定に入れず」に他人のために生きることは美しい。
けれど、それは「自分を大切にできている」ことが大前提です。
また、悪人はそんないい人を「都合の良い人」として搾取しようとします。

FIREを目指す過程で、私は少しずつ「他責」という名の「境界線」を引くことを覚えました
・理不尽な要求には、きちんとNOと言う。
・自分の限界を超えた責任を、一人で背負わない。
・自分の心身の健康を、何よりも最優先にする。

■結びに:本当の意味で「静かに笑う」ために

50歳で会社を去り、自由と人生の主導権を取り戻した今。
ようやく私は、誰に強要されることもなく、心から「静かに笑う」ことができています。

もし今、かつての私のように「自分が我慢すればいい」と耐えている方がいたら、伝えたい。
あなたは、誰かの身勝手な雨や雪に打たれ続ける必要はありません。

ときには逃げてもいい。誰かのせいにしてもいい。
あなたが自分自身の味方になって一歩踏み出すとき、本当の自由への扉が開くのだと、私は確信しています。

雨にもまけず 風にもまけず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち
慾はなく 決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
良く見聞きしわかり そして忘れず
野原の松の林の陰の 小さなかやぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくの坊と言われ
褒められもせず 苦にもされず
さふいふものに 私はなりたい


  宮沢賢治「雨にも負けず」より

◆ 関連:この記事の全体像はこちら
定年まで働くのがつらい50代へ|50歳でFIREした私のリアル体験(親記事)
◆ 関連:この記事と近いテーマ
50歳でFIREを選んだ本当の理由 人生の有限性と私の人生観
FIRE後の寂しさや焦燥感と、その克服について
FI(経済的自立)を達成した私の手法について
幸せなFIREに不可欠な家族との対話について

コメント

  1. Hi, this is a comment.
    To get started with moderating, editing, and deleting comments, please visit the Comments screen in the dashboard.
    Commenter avatars come from Gravatar.